高みを目指すなら「努力」「忍耐」「根性」「継続」しかないと悟った修業時代
「精神力と体力を鍛え、毎日課題を見つけて改善し続ける。工夫や努力を重ねる継続は人間力になり必ず道は開ける」と話す齋藤氏
——34年前、18歳で修業を始められましたが、何がきっかけで鮨職人を目指されたのでしょう?
きっかけは高校時代に鮮魚店でアルバイトをしていたことです。鮮魚店の店主に地元のお鮨屋さんに連れて行ってもらった時に、そのお店の親方がすごく格好良く見えたんです。お客様もみんな笑顔で楽しんでいる姿を見て「いい仕事だな」と興味を持ちました。
——それで、高校卒業後すぐに銀座の名店に入られたんですよね?
はい。鮨店の親方に「鮨職人になりたい」と相談したら、「一流店で修業した方がいいよ」とアドバイスをいただいて。とはいえ、どうしても鮨職人になりたい、という情熱を持っていたかというとそうでもなくて。学生時代はずっと野球に打ち込んでいましたから、将来のことはそんなに深く考えてはいなかったけれど、野球で根性は鍛えられていたので、厳しい修業も乗り越えられると……。
最高峰まで昇りつめた【鮨さいとう】は、世界の注目を浴びながらも限られた顧客のみしか体験できないプラチナシートとなっている
——どんな修業時代を過ごされたのでしょう?
今と違って、まかないをつくる時以外は3年間包丁を握らせてもらえませんでした。毎日毎日掃除に明け暮れながら、先輩方が仕事をするのを見て学ぶという“the昭和”の修業です。30年以上前の飲食店では「技術を学ばせて、給料まであげているのだから根性で働け」というのが当たり前の時代。修業ってこういうものなんだと言い聞かせるしかない。先輩も同期も辞めていく人は多かったですね。私も3ヶ月目くらいで逃げたい気持ちになりましたが、先輩だった金坂さんの「辞めたら終わり。やり続ければいつかチャンスは来る」という言葉を支えに5年間踏ん張りました。
その後、4年間は鮨割烹、和食店など渡り歩いたり、実家に戻ってサーフィンに明け暮れたり……。鮨職人としてどうなりたいのか、何を目標にしたらいいのかなど迷い悩む時期を過ごしましたが、金坂さんに「店をやるから一緒にやろう」と声をかけられ、ここから一切の迷いなく、どうすればお客様が笑顔になるおいしい鮨が握れるようになるのか、毎日課題を見つけて試行錯誤するということの繰り返し。時にお客様に叱られたり、アドバイスいただいたりしながら今に至っています。
「おいしさを極める」とは、日々食材を観察し、気づきを得るということ
「鮨は切りつけが命。食材の性質やコンディションを見極め、いかに切りつけるかでおいしさが決まる」と齋藤氏
——齋藤さんのお鮨は「王道」や「オーソドックス」と言われることが多いと思いますが、齋藤さんにとって「王道を極める」ということはどういうことなのでしょう?
自分がやっていることが王道なのかはわかりませんが、確かに好きな言葉は「オーソドックス」「シンプル」です。「オーソドックス」というのは、誰もがわかっているものをやり続けるということ。ほとんどの人が鮪の味、鯛や平目の味、穴子の味など知っているわけで、それを最上においしくして召し上がった方に喜んでもらうための努力をし続けること、と捉えています。
おいしく召し上がってもらうためにどんな努力をするかと言えば、シンプルを極めるということです。そのためにできる限りいいものを仕入れるというのは大前提。その上で、いいものだからということに甘んじることなく、食材の性質を理解するのはもちろん、同じ食材でも日々違う状態なのですからそれを見極めた仕事を施し、魚の個性、食感、旨みなどを引き出すということに尽きます。
——つまり、技術を極め、おいしさを極めるということは、食材の見極めに尽きるということでしょうか?
そうですね。握りというのはネタとシャリのバランスでほぼ味が決まります。たとえ極上の鮪を【やま幸】さんから仕入れることができても、それを何も考えずに毎日同じような切りつけをしていてはおいしい鮨にはならないのです。筋の入り方、脂ののり具合など見極めのポイントが多々ある中で、例えば厚さだったり、面の幅だったりを考えながら切りつけることが何よりも重要。さらに、その時々の魚のコンディションに合わせてシャリ、煮切り醤油を塗る量なども微調整してバランスを整えます。
つまり、見極めとは日々の観察の中で気づきをたくさん持つということ。口の中での一体感を想像し、逆算して仕事をするということなのです。
赤身は鮪の中でも夏は爽やかな酸味、冬は甘みやコクが深まるなど季節による味わいの違いを楽しめる部位。その個性が際立つよう一瞬漬け醤油につけてから握る
8月頃の「新子」は身が薄くやわらかいので2枚付けで。秋から冬は身が厚くなっていくので皮目に包丁を入れるなど季節で変わる見た目も楽しい『小肌』
——カウンターでお客様と話しながらも頭の中ではいろいろ計算されているんですね
ネタやシャリのことは営業前の仕込みの時にすべて把握し、準備万端でつけ場(カウンター)に立っています。包丁を手にしているとき、つまり切りつけしている時はかなり集中していますから、いつも笑顔を心がけている私でもこの時ばかりは真剣な顔をしていると思います。握りに関しては、シャリを手にすると不思議と体が自然に動きます。もちろん若い時はそうはいきませんでしたが、10年くらい前からでしょうか、とてもリラックスした状態、無心の境地で握れるようになりました。
足の真ん中や皮と身の間にあるゼラチン質を残しながらやわらかく仕上げるために、10年近く試行錯誤した『蛸のやわらか煮』。【鮨さいとう】を代表するおつまみとして愛されている
——まさに「熟練の境地」に達したということですね
達したかどうかはわからないけれど、今自分史上一番おいしい鮨を握っているんじゃないかと感じていることは確かです。ただ、きっとまた課題を見つけたり壁にぶつかったりするに違いありません。でも壁を乗り越えた時に新たな景色を見ることができるということを経験してきましたから、壁も歓迎(笑)。
さまざまな試練はもちろん、チャンスにも対応できる精神力と体力を養い、高みを目指して挑戦を諦めず、とにかくやり続けるだけです。
「おいしい」「楽しい」「元気になれる」など幸せを感じてもらえるもてなしを
心を込めた「いらっしゃいませ」で出迎え、お客様全員が気持ち良い時間を過ごせるような雰囲気づくりをチーム一丸となって心がけている
——齋藤さんは常に、「おいしいものを出すのは大前提。おいしい以外の感覚や感情を持ってもらえる店でありたい」とおっしゃっていますよね。まさにそれが“さいとうイズム”ではないかと思うのですが、お客様から「おいしい」以外の感情を引き出すためにどのようなことを心がけていらっしゃるのでしょう?
飲食店をやっている以上「おいしい」と言っていただけるのは当たり前ですよね。でもおいしいだけではリピートは続かないものなんです。「楽しい」とか「元気が出る」とか、「いいチームワークだね、勉強になったよ」というような気持ちになっていただける店でありたいと従業員にも話しています。
——スタッフの教育はどのようにされているのですか?
「社員教育」という言葉がありますが、僕自身は自分の子ども以外、人を教育するというのは難しいと感じています。もちろん、仕込みの技術は教えることはできますが、学ぶ姿勢やもてなしに通じる人間性は人それぞれですから。
ただ、「礼儀」と「挨拶」はしっかりしよう、と基本を徹底させているんです。でもこれがまた難しくて、マニュアルになってしまうと表面的になってしまってつまらない。嘘は必ず見抜かれます。心を込めて本心で「いらっしゃいませ」「すみませんでした」「本日はお越しいただいてありがとうございました」と言えるようにしようね、ということは日々伝えています。
「“しみじみうまいよね”と言われるのがうれしい。お客様の原点になるようなほっとできる鮨を握りたい」と齋藤氏
——簡単なようで難しいですよね
自然にできるようになるまでには、やはり笑顔だって声の出し方だって練習が必要だと思いますよ。私も若い時には鏡の前で練習しました。ある意味つけ場(カウンター)は舞台ですから。アーティストが公演でお客様の前で歌ったり演じたりするのと同じ感覚で、わざわざいらしてくださったお客様を満足させるのが使命です。気持ちよく過ごしてもらうための清潔感、しつらえ、器、そして笑顔と気の利いた会話。技術やおいしさと同じくらい大切だと思っていますから自分から率先してその姿を見せています。
——背中を見せる、ということですね
そうですね。「いいと思ったところを継続して真似しなさい」と言っています。私もいろいろダメなところもありますが(笑)。
ここ数年うちも中堅が育ってきたので、新しいスタッフを彼らに任せられるようになり、だいぶ楽になりましたし、いいチームワークができていると思います。お客様に、会社の朝会などで「こういう元気な店があるって【鮨さいとう】の話をしたんだよね」と言われるとうれしいですね。
三つ星獲得は「本当のもてなし」と向き合ういい機会だった
この暖簾の先に、齋藤氏自身が立つつけ場と、中堅若手が立つつけ場の2つの扉がある
——ミシュランの三つ星を獲得された2009年から、日本一予約の取れない店と言われるようになりましたが、10年で返上されたのは驚きました。現在、齋藤さんがつけ場に立つこのカウンター席は顧客の方のみの予約で営業されていますよね。どのような心境の変化があったのでしょう?
私の職人人生の中で、「ミシュラン三つ星返上」と「コロナ禍」はとても大きな転換期でした。三つ星をいただいた2009年頃からSNSでの口コミ評価も盛んになり、時代の潮流に運良くのることができました。それまでは顧客の方の紹介や口コミ頼りでお客様を増やすしか方法がなかったのですが、状況は一変。電話が鳴り止まず、簡単に予約が何ヶ月先までも埋まる、ビジネスの話も次々に持ちかけられるという信じ難い世界が訪れました。
うれしい半面、心乱されることも多く、仕事への集中力を保つのに必死でした。「星なんてあってもなくてもいい。星や高得点が欲しくてこの仕事をしているのではない」と思いながらも、やはり「評価」という重圧を背負い、お客様全員を満足させなければとサービス過剰になるなど、本来の自分を失っていたと思います。営業の後は、できなかったことばかりが頭の中を巡り、落ち込むことばかり。私の大切にしている「真心」、そして「元気」「笑顔」のモットーが上手く発揮できないのはもちろん、今まで私を育ててくれたお客様たちに「予約が取れなくなってしまったね」と言われることにも心苦しさを感じ、サービスのあり方に悩むようになっていました。
そこで、思い切って三つ星を保持するようになった5年目から顧客の方の予約だけに限り、その代わりに店舗を拡張して隣にもう一つカウンター席を設けて、当時2番手だった橋場
俊治に新しいお客様を任せることにしたのです。
平常心を取り戻して、改めて本当に【鮨さいとう】に星が必要なのかを考えました。私自身の心の平穏のためにはない方がいいとわかっていましたが、星を返上することで、お客様や家族、弟子たちをがっかりさせてしまうのではないか、というところで悩みました。しかし10年経ったところでもういいよね、と返上を決心。多くのお客様に「よくやった!」と言っていただきほっとしました。
星を取ったことで凄い世界を見せてもらいましたが、いいことばかりではなく嫌なこともたくさん経験し、多くの気づきを得ることができました。さらに星を返上したことで視野が広がったことも確かです。心からお客様をもてなすことの大切さを身をもって経験できたことは私の強みとなっています。
「考え方が大きく変わった人生の転機は、2018年から2020年に起こった息子の誕生と星の返上、コロナ禍」と齋藤氏
——もう一つの大転機「コロナ禍」ではどのような心境の変化があったのでしょう?
「コロナ禍」の非常事態宣言で、2020年4月から6月の2ヶ月間はテイクアウトのみの営業にしていたので、昼には仕事が終わり家に帰るという日々。1日の時間の長さに驚くと同時に、今まで時間を忘れて只々仕事をしてきたことに改めて気づかされました。
働くことが正義と思って生きてきたので、寝る間も惜しんで働くことを苦とも思わずやってきたのですが、働くことだけが人生ではないのかも、家族と過ごす時間、旅行、趣味などやり残してきたこともたくさんあったということに気がついたのです。人生を後悔するということでもないのですが、若い子たちに私と同じ道を強要してはいけない。私自身ももちろんですが、若い子たちには尚更仕事以外の経験もたくさんして人間味を深めてほしいという思いが強くなり思い切った働き方改革を考えるきっかけになったのです。
私は鮨職人であって経営者ではないので、コロナ禍では手を広げると目が行き届かなくなり【さいとう】というブランドが守れなくなるのではと、新しく店舗を出すということにかなり慎重でした。しかし、世界的に【さいとう】の名を広めるというのではなく、【さいとう】という名前が若手の活躍の場として役に立つならそれもいいことなのでは、という気持ちに振り切れるようになったのです。思い起こせばがむしゃらに働いてきた私についてきてくれた弟子たちに恩返しができればうれしい。そして、彼らがやりがいを持って働くことができれば鮨業界の明るい未来に繋がりますから。
【鮨さいとう】店内にある、沼尾 龍佑氏(右)と石川 寛氏(左)が交代で担当するカウンター席
2018年に、フォーシーズンズ ホテル 香港内と、LDHのHIROさんとタッグを組んだ【鮨さいとう】のプロデュース店として【鮨つぼみ】、2020年にLDHとの第2弾【3110NZ by
LDH kitchen】をオープンさせていましたが、そこから3年が経ち、さらに中堅が育ってきたこともあり、フォーシーズンズ ホテル
バンコク内に【鮨さいとう】を、韓国から修業しにきていたキム・ジュヨンのために、ソウルに【鮨十四】をオープンさせました。
この六本木の店に関しては、俊治が独立したあとの隣のカウンターを、沼尾
龍佑と石川
寛が交代で担当するようになり、新しいお客様も増えてきています。また、2024年にオープンした麻布台ヒルズには、麻布台ヒルズマーケットの中という今までにない環境の店を構えました。隣が【やま幸】さんの店舗ということもあり、今後コラボで何かイベントをやるなど、新しい試みも模索中です。
みんながワクワクするような鮨の未来に貢献したい
1年置いた古米を何種類かブレンドした米と、数種の赤酢と塩の合わせ酢を使ったやさしいけれどキレのあるシャリ
——今後も新たに【鮨さいとう】は増えていくのでしょうか? また、そこで“さいとうイズム”をどのように継承させていかれるのでしょう?
現在は、札幌と神戸に新しくできるホテル内で2店舗のオープンが決まっています。店舗を任せた弟子には、シャリの味や切りつけに対する考え方は【さいとう】で学んだことを活かしてほしいと伝えていますが、それ以外は基本的には何も口出ししません。何か失敗したとしても、自分で悩みながら試行錯誤して解決の道を探るほうが成長できますから。店を持ったらお客様に育ててもらうのが一番です。
“さいとうイズム”とは、「お客様を元気にする、おいしい以外の感覚を引き出せる店」。私自身もまだ満足できているわけではなく、目標に半歩でも近づくためにやり続けています。高みを目指すには、「努力」「忍耐」「根性」「継続」以外にありません。お客様を幸せにするために何をすればいいのか、私と同じである必要はないので自分流を見つけてそれぞれの個性が花開きお客様に愛されるお店をつくっていってほしいと願っています。
さらに将来的にはもっと多くの人たち、特に子どもたちも気軽に【鮨さいとう】の味を楽しんでもらえるよう、精密機器の会社と共同で「巻き寿司ロボット」を開発中です。握りというのは切りつけやシャリの微妙な調整などがおいしさの重要な要素なので精密なロボットでも私の再現は難しいのですが、切りつけのない巻き寿司は、【さいとう】のシャリと私の力加減を再現できるので、本当に私が巻くのと遜色ない仕上がりになるのです。
子どもたちが楽しめるワクワクするような巻き寿司にしたいので、具は唐揚げや海老フライ、焼肉など好きな具を選んでカスタマイズできる、カリフォルニアロールを超えるようなエンターテインメントロールにしたいなと思っています。
AUTECという精密機器の会社と共同開発中の巻き寿司ロボット。実現が待ち遠しい
食材についても、水産資源が少なくなっていると危ぶまれている現在、技術の発展で格段に味が良くなってきている養殖や冷凍などを活用することも必要ではないかと考えています。養殖も冷凍も、そして巻き寿司ロボットの開発に関わっている人たちも「おいしいものを生み出したい」という気持ちは私と同じなんですよね。ですから天然、養殖、冷凍など味はもちろんですが、どのような気持ちで開発されているものなのか、固定観念や偏見を捨ててきちんと見極めてその良さを【さいとう】が発信していくことは意味のあることではないかと考えています。
よりよい鮨の未来のために多面的に考え、少しでも社会に貢献できるようなことができればうれしいですね。
2024年4月に、自らの職人人生や鮨哲学など、齋藤氏が職人として、店主として、そして一人の人間として日々考えていることのすべてを語り尽くした著書を上梓。(KADOKAWA/2,860円)
撮影 / 佐藤 顕子 取材・文 / 藤田 実子 2024.8.21